HOME >>【や行】銀行一覧


八千代銀行

株式会社八千代銀行(やちよぎんこう)は、東京都新宿区に本店を
置く第二地方銀行。


東京都西部~神奈川県東部を主な事業地域とする。


前身は信用金庫であり、1991年に普通銀行に転換した。信用金庫か
らの転換は、現在のところ同行が唯一である。


【沿革】

1924年(大正13)12月 - 有限責任住宅土地信用購買組合調節社設立。

1931年(昭和6)1月 - 有限責任住宅土地信用購買組合調節社が有限責任信用組合調節社と名称変更。

1941年(昭和16)10月 - 保証責任町田町信用組合設立。

1943年(昭和18)4月 - 有限責任信用組合調節社が代々木信用組合と名称変更。

1951年(昭和26)7月 - 保証責任町田町信用組合と恩友信用組合が合併し、東神信用組合設立。

1951年(昭和26)10月
代々木信用組合が信用金庫法施行法(昭和26年法律第239号)に基づいて信用金庫に組織変更し、代々木信用金庫と名称変更。
東神信用組合が信用金庫法施行法に基づいて信用金庫に組織変更し、東神信用金庫と名称変更。

1954年(昭和29)1月 - 代々木信用金庫と東神信用金庫が合併し、八千代信用金庫設立。

1970年(昭和45)1月 - 八千代信用金庫が、日の出信用組合と合併。

1991年(平成3)4月 - 金融機関の合併及び転換に関する法律(昭和43年法律第86号)に基づく認可により普通銀行に転換し、株式会社八千代銀行を商号とする。

1999年(平成11)3月8日 - 相模原信用組合の事業を譲り受ける。

2000年(平成12)8月14日 - 株式会社国民銀行の営業を譲り受ける。



山形銀行


株式会社山形銀行(やまがたぎんこう)は、山形県山形市に本店を
置く地方銀行。


通称はやまぎん。


山形県内の殖産銀行、山形しあわせ銀行とATM相互無料提携した「
ふるさと山形ネットサービス」を行っている。


近年、内陸部や仙台圏に進出する荘内銀行に対抗してか、仙台市宮
城野区のジャスコ仙台幸町店内にインストアブランチ(通称・レオ
のやまぎんプラザ)を開設したり、仙台市内の支店限定の商品を用
意したりしている。


【沿革】

1878年(明治11年)第八十一国立銀行創業
1896年(明治29年)両羽銀行設立
1897年(明治30年)第八十一国立銀行の業務を継承
1916年(大正5年)米沢義社を合併
1919年(大正8年)羽陽貯蓄銀行を合併
1926年(大正15年)由利銀行を合併
1935年(昭和10年)楯岡銀行を買収
1940年(昭和15年)東銀行、天童銀行、羽前銀行を買収
1941年(昭和16年)三浦銀行、羽陽銀行、東根銀行、村山銀行を買収
1943年(昭和18年)山形商業銀行を合併
1944年(昭和19年)山形貯蓄銀行を合併、高野銀行を買収
1948年(昭和23年)羽前長崎銀行を買収
1965年(昭和40年)山形銀行に改名改称
1991年(平成3年)ディーシーカードと共同でやまぎんディーシーカードを設立。




山口銀行

株式会社山口銀行(やまぐちぎんこう、The Yamaguchi Bank, Ltd.)
は、第百十国立銀行を前身とする山口県随一の地方銀行であり、
「やまぎん」の愛称で親しまれる。


山口県の指定金融機関である。2005年3月にもみじ銀行との経営統
合を前提にした資本提携を発表。


2006年中の経営統合を目指し交渉中である。


【企業現況】

商号 株式会社山口銀行

資本金 100億円

従業員数 2868人

東京証券取引所・大阪証券取引所市場第1部上場
(2004年3月31日現在)


【沿革】

1878年 第百十国立銀行が山口市に設立される。

1880年 本店を下関市に移転。

1898年 普通銀行に転換、株式会社百十銀行に改組。

1944年3月31日 百十・宇部・船城・華浦・大島の5行が合併して、あらたに株式会社山口銀行が設立される。

1991年 ディーシーカードと共同でやまぎんディーシーを設立。

2005年3月18日 もみじホールディングスとのあいだで、経営統合を前提とした業務資本提携で合意。

※2004年に頭取が交代した際、役員でない相談役が大きく関与した
ことに、中国財務局より「ガバナンス上、問題がある」と批判され、
結局、経営不安があった、もみじホールディングスとの経営統合を
余儀なくされたとの一部報道がある。


【ATMについて】

山口銀行のATM・CDでは、もみじ銀行・津和野信用金庫・山口信用
金庫・下関信用金庫・防府信用金庫・宇部信用金庫・萩信用金庫・
岩国信用金庫・東山口信用金庫・吉南信用金庫のキャッシュカード
でも、平日8:45~18:00の出金は手数料が無料、平日8:00~8:45・
18:00~21:00の出金、土曜・休日9:00~17:00の出金は手数料が
105円となる。




山梨中央銀行

株式会社山梨中央銀行(やまなしちゅうおうぎんこう、英文名称:
The Yamanashi Chuo Bank,Ltd.)は、山梨県の地方銀行である。


甲府市に本店を置き、山梨県内としては唯一の銀行名である。


地元では中銀と呼ばれており、山梨県と甲府市の指定金融機関である。


【沿革】

1877年(明治10年)4月15日 興益社を母体として、第十国立銀行が設立される。

1897年(明治30年)1月1日 普通銀行に転換、株式会社第十銀行に改組。

1941年(昭和16年)12月1日 有信銀行と合併、あらたに株式会社山梨中央銀行が設立される。

1972年(昭和47年)10月2日 東京証券取引所市場第二部に上場

1973年(昭和48年)8月1日 東京証券取引所市場第一部に指定

1991年(平成3年)ディーシーカードと共同で山梨中銀ディーシーカードを設立。



横浜銀行

株式会社横浜銀行(よこはまぎんこう、The Bank of Yokohama,
Ltd.)は、神奈川県横浜市を中心に業務を行う地方銀行。


日本の地方銀行では最大手となる。


略称は「はまぎん」。


神奈川県、横浜市、川崎市の指定金融機関である。


神奈川県外では、東京都、愛知県、大阪府、さらに明治期の生糸貿
易の名残で群馬県に支店を持つ。


小田急の駅にステーションATMを設置している。また、全国のセブ
ン銀行のATMでも取り扱い可能である。


みなとみらい地区にある本店ビルは、約150mの高さを誇り、銀行の
本店ビルとしては日本一の高さである。

かつて、(旧)あさひ銀行と、ATM相互解放などの提携を組んでい
たが、大和銀行との統合によるりそなグループ発足時に解消した。


イメージキャラクターは水野真紀である。


歴代頭取は、大蔵省OBが就任しており、現会長の平沢貞昭も大蔵省
OBからの起用であった。


現頭取の小川是は、大蔵省退官後、日本たばこ産業の顧問を経て就
任している。


【沿革】

1920年12月16日 横浜興信銀行として設立(七十四銀行と横浜貯蓄銀行の破綻整理として)

1927年 左右田銀行を合併

1928年 第二銀行を合併

1941年 鎌倉銀行、秦野銀行、足柄農商銀行、相模銀行、平塚江陽銀行、明和銀行を合併

1957年 横浜銀行に改称


【他の地銀と異なる生い立ち】

全国地銀の多くが有力両替商や旧国立銀行を母体としているのに対
し、横浜銀行の前身・横浜興信銀行は昭和恐慌下で破綻した銀行を
整理する目的で設立されており、いわば現在の整理回収機構に近い、
後ろ向きな業務を主業とする銀行として発足した。


その後、1874年に横浜為替会社を母体に設立された第二銀行(旧・
横浜第二国立銀行)が合流。


横浜興信銀行が存続行となり、また横浜市本金庫業務(現在の指定
金融機関)の承継に伴う地元・横浜市との結びつきも強化。さらに
神奈川県農工銀行(のち日本勧業銀行に合併。現在のみずほ銀行)
から神奈川県本金庫業務が移管。


戦時下の「一県一行運動」の際に政府から神奈川県下の統合主体に
選ばれ、スルガ銀行を除く県下各行を統合。名実共に神奈川県を代
表する地方銀行に成長した。


この時、川崎財閥系の明和銀行(本店・小田原市)や鎌倉銀行(本
店・鎌倉市)等を統合したため、同じ川崎財閥系の第百銀行を併合
した三菱銀行との関係が生じ、現在も三菱東京UFJ銀行とは親密な
関係にある。


なお、1944年(昭和19年)横浜市に本店を置く都南貯蓄銀行を合併
したが、同行は合併直前まで他の大都市に本店を置く貯蓄銀行の集
合体・日本貯蓄銀行(のちの協和銀行。あさひ銀行を経て現在のり
そな銀行。)の統合に参加する事となっていた。


同行の合併で神奈川県随一の銀行となり、戦後の復興期に業容が拡大。

1969年(昭和44年)埼玉銀行(のちあさひ銀行を経て現在の埼玉り
そな銀行。)が都市銀行に転換した事により、横浜銀行が日本最大
の地方銀行となった。